2007年 08月 06日
雅号
私にはもうひとつの名前、雅号があります。
書道の師範を頂いて得た雅号です。

当時指導されていた先生は『私の雅号の文字は字の意味としてはあまり良くないかいら。』と、私が望んだにも拘らず、雅号の文字を与えてはくれなかった。尤も、先生はその後、雅号を変えたので、本当にそうだったのかもしれない。

それで、一生懸命考えて、中国の故事から選びました。『玉章』です。日本語で、「たまずさ」、つまり、手紙のことです。ただ単に、私の作品を見た人が、「元気でいるんだなあ。」と思ってくれれば言い、と単純な気持ちで決めたのですが、後で知ったところによると、高名な書家が居られたようで、とても恐縮し、恥ずかしくなってしまいました。

私が書道の師範を取ろうと思ったのには理由がありました。

当時、私は何のとりえもない、ただ単なる若い娘だったので、結婚に対して、漠然と不安があった。それは『夫が若くして逝ってしまったら、子供たちをどうやって育てよう・・・・』 と言うことだった。それはジツに20歳のとき。!!

姉のように教師になるべくもなく、何の資格をなく卒業してしまうことに不安を感じ、(教職は執っていなかったので)何か、モノになるものを探したら、書道しか残っていなかった。

華道も少しは習ったけど、師範を取るにはあまりに長い道のりだったし、その当時はパソコンをするにも勇気が要ったし、で、残すところは書道しかなかったのです。

書道は子供の頃習っていて、児童の部では最高位まで行ったので、辞めていた。

『これしかない!』と思った私の行動は早かった。早速、塾では無く、学校を探し、入学手続きを取った。それから、週末に都内の学校まで通うことになった。これは苦しいながらも、楽しい時期だった。大学を卒業してからも週末の東京行きは続いた。

そうして、やっと、師範を手にすることが出来た。

でも、私はペン習字を全然習っていないので、日常書く字はジツに下手です。恥ずかしくて書道の師範を持っている、なんて言えやしない。

今、その痕跡が活躍するのは熨斗やご祝儀袋の表書きくらいで、書道そのものが活躍するには至っていない。それはもちろん、夫が健在だからだ。

私が書道の師範を取ったわけは実は、もうひとつ訳がある。
それは私の祖父が亡くなった時に祖父の戒名を書きたかったからだ。

祖父は私たち姉妹にとても優しい人だった。60歳で、仕事を引退してからはずっと趣味に生き、書道をよくしていた。畳くらいの大きな紙に揮毫していた姿が、今も思い出される。

そんな祖父は児童の部で最高位を取った私をとても喜んで、『将来は書道を教えるようになるといいなあ。』と目を細めていたものだ。

そんな記憶が私を書道の世界に進ませたのだと思う。

だけど、祖父が亡くなったとき、気が付いてみれば、祖父の戒名は既に書かれた後だった。
当たり前と言えば当たり前だけれど、密かに胸に秘めていた私にとっては落胆すべき事だった。

2つの理由があって、師範を取ったけれど、書道は未だに誰にも教えてはいない。
我が子には無理だった。子供たちは誰1人として書道の得意な子はいない。はっきり言って『下手』。

我が子に教えると言うことは他人に教えることより難しい。

私が書道の師範を取るに至った動機は私しか知らない。
不謹慎で、誰にもいえない。

けれど今日、私は毎晩筆を執り続けたあの1年がたまらなく、いとおしい。(最初に就いた先生は『毎日最低10分間、筆を握るように。』と訓示した。サボり屋の私は1年間しか守れなかった。

どんなに遅くなっても、時間がなくても、眠くて思うように筆が運ばなくても、墨つぼに墨汁を入れ、1年だけは頑張った。(本当は2年、って言われたけど)長尾先生、どうしているかなあ。先生の言うこと、1年だけだけど、私は必死で守ったよ。そのおかげです。私が短期間で、師範いただけたのは。

いろんな意味が込められた書道の師範免許、未だ行使することなく今日に至っています。
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by mamaten | 2007-08-06 03:21 | 今更言えない事 | Trackback | Comments(6)
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Commented by memi at 2007-08-10 01:11 x
今晩は。習字をやってらっしゃるのですか。素敵ですね。私も手紙や葉書は筆で書けるとようになりたい、と思いつつも行動に移せないないんです。不精で。習字って心が落着くような感じがしますが、どうですか?。最近は、シマ唄を習いたいナーと思いながら中君や朝崎郁恵さんののシマ唄をよく聴いています。故郷が奄美なので、それこそなつかしゃな想いに浸っています。なんか眠っていた魂を揺さぶられたような感覚がするんですよ。
Commented by mamaten at 2007-08-11 01:13
memi さん こんばんわ。そう言われるとまことにお恥ずかしい限りです。  現在進行形でなく、過去形になってしまってます、ハイ。
化石のような過去の経験で、現在はPCと言う便利なものがあるので、殆ど筆は持っていません。  が、たまに書くのは姉に頼まれる奉書です。学校転任時の謝辞等で、そんな時は、まさしく深夜残業ですよ。ホント。

ただ、筆を持ったときは集中しないと満足行く物が書けないし、才能の無さを思い知り、ジレンマに陥りながら書くことがシバシです。

memi さんは奄美でしたか。素敵なところですね。
意識しなくてもDNAに刻まれた魂が宿っているのだと思いますよ。
原体験、というか・・・。なつかしゃ ですね。
Commented by ヒヨコ at 2007-08-21 20:52 x
mamatenさん、こんばんわ。
お習字が得意なんですね、うらやましいです。
私は、毛筆が苦手で、太い筆では、まったく無理です。(^^;
お習字を習いたい習いたいと思いながら、習いに行けません。
mamatenさん、お近くでしたら、生徒になりたいですわ。
今、やっていることと言えば、
100円ショップで買った、般若心経の文字を、細筆でなぞることだけ。
それでも、少しだけですが、綺麗な字になるのがうれしいです。
Commented by mamaten at 2007-08-24 01:30
ヒヨコさん、努力の人ですね。実は私も「えんぴつで『徒然草』」と言うのを買ったのですが、未だ1ページも進んでおらず・・・、と言うか、開いていないと言う現実がありまして、脳の活性化に良い、と言う事で買ったはずなのですが、未だ活性化しておりません。

何を隠そう、私は仮名文字が苦手なのです。  でも、ヒヨコさんを見習って今年のうちにボチボチ始めようと思います。

ヒヨコさん、背中を押して貰えた様です。ありがとう。
Commented by memi at 2007-08-24 04:39 x
お早うございます。久しぶりです。この所寝苦しくて変な時間に起きてしまいます。最近は常時ペットボトルを枕元に準備していて、寝る前・途中眼が覚めたときはとにかく必ず水分補給に心がけています。mamatenさんは、体調いかがですか?お体ご自愛下さいね☆mamatenさん失礼いたします。ヒヨコさん、はじめまして。
もしかしたら中孝介君のブログで時々お見かけいたしているような気がします。
文字をなぞるのって結構頭の活性化に良いらしいですね。私も先日、頭の体操に般若心経か奥野細道あたりをやろうかしら・・・と思ってちょっと覗いてみましたが、どっちにしようかと迷っています。考えるだけで行動に移せないのが私ですが、まずは何でもやってみることでしょうね☆
Commented by ヒヨコ at 2007-08-25 00:25 x
mamatenさん、こんばんわ。
>努力の人ですね
あ、そんなふうに言ってもらってありがとうございます。
般若心経、一気に書ければいいんでしょうが、
私は、数行書いたら、おやすみしては、たまーに書いています。
数ヶ月書かないときもあるんですよ。
そんな書き方じゃ、バチが当たりそうですが、
気が向いたときだけ書く程度です。(^^;

この場をお借りして、memiさん、はじめまして。
そのとおり、中孝介さんのブログに時々書き込みさせてもらっています。
memiさんの書き込みも読ませて頂いておりますよ。(^^)

みんなで、文字の練習、しましょうね。


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