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2012年 09月 30日
彼岸花
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土曜日の午後、少しだけ近所をお散歩。
楽しみにしていた彼岸花が咲いていました。

昨年は出遅れて写真に撮れなかった。
今年は、いい感じです。

毎年、雑草だけを刈り、彼岸花は残しておいてくれるおじ様。
ありがとうございます。(別に私のために草刈りしてくれるわけじゃないんだけど、ね^^)

そういえば、これまた実家の祖母が
「彼岸花は仏様の花だから折ってはいけません。(ホント?)」と繰り返し言い含められて育ったので、
幼い頃から触ったことありません。
見るだけです。

他の色は触れても、いまだこの赤い彼岸花は触れません。
・・・・・意外な事実に気が付いた次第です。
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by mamaten | 2012-09-30 09:26 | 四季の花便り | Trackback | Comments(6)
2012年 08月 15日
はづき 八月 露草の
青が 照り返しの中に 一日花の冴えを見せて

はかなげに 命を閉じる夕暮れ時

あすは 送り火の日だと 気が付く


蒸し暑さの中に ふっと心地よい風が吹いたような不思議な感覚


木陰でまだ咲く露草の  葉陰に魂が見えたような気がした

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盂蘭盆も15日。
明日は京都五山の送り火ですね。
まとわりつくような湿った暑い空気を思い出しながら、それでもどこか吹っ切れたような
穏やかな気持ちにさせる左大文字の麓を思い出します。

すべての御霊が安らかでありますように。
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by mamaten | 2012-08-15 23:54 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(2)
2011年 08月 13日
八月  に・・・
もう盂蘭盆。今頃になって八月を思うこの頃です。

昔、高校生だった頃、こんな歌がありました。
「八月 葉月の虫の音は 愛しゅてならぬと鳴きまする
かあさま倒れた台所 今じゃ私が おさんどん
・・・・・・・・・」

歌い手:佐藤公彦 (ケメ)
曲名 :「通りゃんせ 」

作詞 門谷憲二
作曲 佐藤公彦

*******
五月雨 五月よ来るがよい 実らぬ恋もあるがよい
私の縫ったちゃんちゃんこ 着る方も無く 衣替え

八月 葉月の虫の音は 愛しゅてならぬと鳴きまする
かあさま倒れた台所 今じゃ私が おさんどん

神無し 十月来るがよい 私も師走にゃ雪化粧
一人座って窓開けりゃ いつかは情けも 通りゃんせ

   通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細道じゃ

五月雨 五月よ来るもよし 実らぬ恋もあるもよし
憎い 八卦見言いおった 30過ぎまで嫁がずと...

****** 1972年(昭和47年)
私の年もばれると言うもの、それはさておき、毎年8月になるとこの歌が
頭をよぎります。
今年は尚一層がんがん響くように頭の仲で渦巻いて一挙にタイムスリップしたかのように
口ずさんでいたりします。

今年は色々ありました。まだ途中だけど、ありすぎました。
若くして逝った人、晩年を寂しく逝った人、忘れられたように逝った人・・・・。
いろいろな在り方で逝った人たちの思い出が蘇ります。

私に何が出来たんだろう。。。。この先 何が出来るんだろう。
今度お逢いできる時、私は何を伝えるんだろうか・・・・・。
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by mamaten | 2011-08-13 00:29 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(8)
2009年 06月 18日
季節の便り

先日,もう何日も経っているけど 、北海道に住む友人から届いた季節の便り
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毎年、途切れる事無く届けられる季節の便りは私の大好きな季節の便り。

彼女とは小学校6年生の時に文通を始めた。その後、心の中を隠す事無く綴りながら、彼女が東京に上京した18歳の時からアパートを訪ね、私の東京時代も、彼女は特別な存在で、まるで姉妹のように分かち合い、私が結婚するまで心の内を通わせた人だった。

普通、結婚前夜は家族と一緒で、両親に挨拶を、などと言うのが世間の常識なんだろうけど、私は結婚前夜、
はるばる北海道から駆けつけてくれた彼女と一緒にホテルに泊り、語り明かした。
両親もそれが良い、と気持ちよく送り出してくれた。それ程彼女は我が家の中で、私の中で大きい存在だと誰もが認めていた。
なのに、彼女が結婚する時、私は婚家の理解も無く、身重であった為に彼女の花嫁姿を見ることが出来なかった。今も後悔が残るけれど。
あれからいくつもの時を過ぎてきたけど、今でも新鮮なまま、気持ちが広がる

今では 手紙を書くことも無くなり 年賀状の短い添え書きさえ
省略してしまう私だけど 

いつも短い一言を書き添えるあなたは  暖かいです

昔のままのあなたです

昔と変わらず優しい気持ちのまま  北の大地で頑張っているのだろう

折々に届く季節の便りを たとえようも無くありがたく頂いた

いつか必ず会いに行きます。待っていてね。
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by mamaten | 2009-06-18 01:06 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(8)
2009年 05月 17日
この一週間・・・・雑感etc.
1・キャベツ
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普段スーパーのチラシを見ることも無く過しているので特売情報には無縁。夜、帰ってから、そうだったんだ、とチラシを見たりすること多し。
でも、いつも行くスーパーでは火曜日と木曜日に安売りに力を入れているようだと思っていた。で、火曜日、野菜売り場でキャベツが¥59円で売っていた。全く買うつもりじゃなかったのに、買い物カゴへ入れた。見れば地元野菜の不揃い。形にこだわる事は無いので抵抗はまったくないし。
家族が少なくなってからキャベツを丸ごと買うなんて無くなっていた。半分でも持て余すほど。何しろ、センキャベツが必要な料理など、又はロールキャベツなる洋風料理など、程遠い毎日ゆえ。でも、安さにつられ、買ったのです。

買ってから私は考える。どうやって食べきるか、と。
必要な分だけ外側から使えば、いずれ捨てられる運命。家族はキャベツの漬物は好きじゃないし。洗ったあと、半分に切り、大きなザク切りと、細かい短冊状に切って保存する事にした。まるでスーパーのカット野菜。でも侮る無かれ、これは使える。
煮物、味噌汁、蒸し物、と全てに登場し、使い切った。煮るとカサが減るし、柔らかくなるので、姑も食べてくれる。3日で使い切った。我ながら天晴れ。自分を褒めてあげたい^^。
たかが¥59円の野菜に執念を使い切った疲労感が・・・やや残る・・^^);

これを出荷した農家の人の原価はいくらなのだろう。種蒔きして、水掛し、肥料をして収穫したのに、形が揃わないばかりに規格外となり、捨てる羽目になったかもしれないキャベツたち。それを商品としたお店の人。消費者にとっては嬉しい値段ではあるけれど、捨てるよりはまし、と思って出荷しただろう生産者の気持ちを考えると、無駄にしてはいけないと思った。安すぎるからこそ、大事にしなければならない物だって世の中には一杯ある。・・・・・・タダのケチだなぁ・・・

その2
さて、金曜日、鯛焼きを頂いた。
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ネットショップでこんな鯛焼きがあることは知っていたけど、買うことは無かった。
だって、こんがり茶色の鯛焼きじゃない。モチモチ鯛焼き、とパンフレットがあった。
目新しさはあるけれど、鯛焼きはやはりこんがり茶色じゃないと、鯛焼きらしくない、と私は思う。
果して君達は、「泳げ!鯛焼き君!」になったら、海の中で頑張れるかな。小麦色した健康食で海の中を頑張って抵抗して泳いで欲しい。温室育ちの如くの君達は、果して海に挑めるかな。

鯛焼きについては昔の記憶が思い起こされる。
卒業した高校の近くで鯛焼きを焼いていたオジさん。高校時代は真面目な女子高生だったので、立ち寄った事など無かったが、卒業し、結婚してからこの店があると知らされた。
或る時、鯛焼を買いに行って、焼き上がりを待っていた時、オジサンと話をした。
オジサンはこの土地の生れではないらしかったが、昔の話をしてくれた。
話によると、オジサンは戦争経験者。空襲にあった時、取る物もとりあえず、逃げる時、この鯛焼きの道具だけを持って逃げたんだそうな。何が無くても食べ物を売る商売なら食べていけると。オジサンは左手の指が欠損していた。戦地で怪我をして不自由になったと。でも、この鯛焼き器があったから何とか生活も出来、子供も育てられたと。この機械が壊れたら、商売は止めるよ、自分の寿命と機械とどちらが長生きするか、だね。そう言いながら焼いてくれた。

気が付けば、いつの間にかオジサンの鯛焼き屋は店を閉じ、もう買えなくなっていた。
既に、20年くらい経っている。
オジサンの焼く鯛焼きは戦前の機械だったので、鉄製の、しっかり使い込まれたものだった。冷めてもべたつく事は無く、尻尾の先まで餡がしっかり入っている。
当時¥50円だった。他ではもっと高い値段だったけど、オジサンは値段にこだわっていた。
小遣いで買えない物を売り始めたら自分が焼いている意味が無いよ、と笑っていた。
オジサンは材料にも気を使い、砂糖はスプーン印、餡は北海道産の小豆だけ、と決めていた。
儲けは少ないけど、来てくれるお客さんがいればそれで充分間に合っているから。儲けより、自分のこだわりだね。そう言いながら機械をひっくり返していたものだ。

私にとっては鯛焼きはこんがり茶色。海の中を泳いでも負けないくらいの健康食。
オジサンが焼いてくれた鯛焼き、それが鯛焼き。

その3
土曜日。夕食の支度をしている忙しい時間に電話がなる。
慌てて受話器をとれば、聞き覚えは無いのに、やたらとなれなれしい女性の声。
お久しぶりです。函館の○○商店です。お世話になっております。・・・・・(誰???)
はぁ?・・   ○○さんですよね   そうですが・・・。
以前はお買い上げいただいてありがとうございます。・・・・・・そうですか???
○○さんですよね。・・・・・でも、私は存じ上げませんが・・・。
以前お買い上げいただいた○○商店です。・・・・・でも私は行っていませんのでわかりかねますが・・・・。
主人の名前を言って確認を取る先方。
間違いはありませんが、私は行っていないので存じかねます。
今日御主人は?   留守にしております。
お帰りは?    今日は戻りません。
では改めます。

そう言って電話は切れたけど、主人が函館に最後に行ったのはもう約20年前。札幌は毎年行っているが・・・。
今になってお土産物を買った店の名前など言われたって覚えてはいないし、縁も無い。
何回かはこういうことがある。在宅でも居留守を使う。嫌な気分。

今やネットで好きなものを自由に買える時代になっているというのに、20年前もの古い記録を遡り、電話をしたって、ご期待には添えません。まして、押されれば引く、という消費者心理をまるでわかっていない。
ありえません。あなたの店から買うことは!
私が絶対買わせません。    だって、20年前ですよ。

その4
久々の海外通販
ストックしているペーパータオルの在庫が無くなったので、注文しておいた。これは船便で届くのです。それが金曜日に届いた。カートン買いの商品だったので24本で1本当り¥250円。
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これを高いと思うか、安いと思うか、考え方次第。多分高いのだろうけど、品質と使い勝手から言えば、国産品を使う気にはなれない。他の何かを変えても、ペーパータオルだけはこれを使いたい。ささやかな贅沢です。
久々の横文字宛名が嬉しかった。
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by mamaten | 2009-05-17 13:28 | Daily etc. | Trackback | Comments(4)
2009年 02月 13日
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先日、お魚を買いに市場まで行った帰りに海岸線を途中まで通りましたので、その時に。
なだらかで海水浴場が多い海沿いですが、この辺りは昔から岩場です。

かつて、小学生のときにこの海岸へは何度か潮干狩りに来ました。
遠足の楽しかったこと!バケツにシャベルや小さなクマデ(みたいな物)を持って、ヒトデやムラサキウニ、イソギンチャクにいたずらし、小さな蟹やヤドカリを競って探し、岩に張り付いている貝や海草をもぎ取り、気を付けていても時折やってくる大きな波に洋服を濡らしたものです。
なだらかな砂浜のあさり採りではなくて、理科の校外授業みたいな潮干狩りでした。

時を経て、何度となくここを走ることがあったのですが、いつも満潮時みたいに道路近くまで波が押し寄せています。昔は満潮でもこんなに近くまで波は来なかったのに・・・

ここをはさんで、大きな港を整備中。かなり前から工事をしているので、流れが変わったのかもしれません。この先の海水浴場も砂浜が狭くなっていました。

偶然にも、波が綺麗に撮れました(と、自分では満足してます^^);
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by mamaten | 2009-02-13 18:19 | Daily etc. | Trackback | Comments(12)
2008年 05月 10日
いただいた人生・・
昔、書道の学校に通っていた頃、親しくなった人がいた。
その人は当時私より30歳上の、品の良いご婦人だった。どういうご縁で親しくなったか、覚えていないが、何となく気が合い、空き時間にお茶を飲んだり、食事をした。彼女は、地方から週に1,2回、上京して通っていた。
母親よりも年長の彼女を、けれど、年上だと意識もせず、一緒にいることは楽しかった。それはきっと共通の目標があったからかもしれない。

何回目の時だったか、彼女は自分のことを話し始めた。そして言った。
「いただいてきた人生ですから・・・。」

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by mamaten | 2008-05-10 00:14 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(8)
2008年 02月 10日
そんなこといわれても・・
今ははるか昔の学生時代、確か2年次に児童文学の講義を受けた事がある。必修ではなかったような気がするけど、定かではないが、たまたま次の講義まで空きがあったので、入れたように思う。児童文学には正直なところ、興味が無かった。

やはり、そういう不純な動機で、受けた講義は面白みも感じられずに、出席する事はしたが、持ち込んだ文庫本を読んだり、はたまた居眠りをしたりで、全く身が入らなかった。

夏休みに町で、少し親しくさせていただいていたS教授と出会い、お茶でも飲むか、ということになって、先生、お気に入りの喫茶店に入った。

君、N先生の講義受けてるの?    はい、受けてますが。 
どう? 面白い?        いえ、正直なところ、ついでに入れた講義だし、興味も今ひとつで、ちょっと。・・・・・ところで、どうして、そのようなことを。
いやぁ、N先生から言われたんだ。mamatenさんを知っているか、と。私の講義も受けているから、知ってますよ。と答えたら、あの娘は私の妻に瓜二つ、そっくりなんですよ、と嬉しそうに言うんだよ。    !!・・・そんな・・・。

S教授によると、N先生は結婚して間もないそうで、(その年に赴任したばかりだった)
かなり奥様にメロメロらしく、離れている時は寂しいんだそうな。それで、春からの授業で妻にそっくりな私を見つけたときは驚いたそうだ。そして、ついつい、講義の合間に妻を思いつつ、妻の面影を私に重ねて見ていたらしい。  

嘘!
そういえば、何とはなしに、N先生の視線を感じる事があった。浅い、時には深い心地よい眠りから覚め、顔を上げると、よく視線が合った。あれは偶然でなく、必然だったと言う事か。はずかしい・・・。なんで早く教えてくれなかったの、S教授!!

そういわれても、私にはあずかり知らぬ事だし、先生、一体私はどうしたらいいのでしょう。
そうだねえ、まあ、たまにはにっこり微笑んで、優しくしてあげたらどうですか?
・・・・・・・・あのぉ、このことは他の先生方も知っているのでしょうか。
そうだねぇ、他の先生方にも嬉しそうに話してましたよ。
・・・・・・・・・


こう言っては悪いが、N先生は決して二枚目なんかじゃなく、お世辞にも好青年と言う形容詞を持ち得ない印象だった。(ごめんなさい、奥様)その彼が選んだ妻が私と似てる? つまり、彼の妻の趣味は彼なのだ。と言う事は、私にも有り得るかも?などという、頭がどうにかなりそうな、わけのわからない混乱状態に陥ってしまった。
とんでもない奴に見込まれたものだと、巻き込まれたものだと・・・。

後期の授業が始まって、N先生の顔を見るのが苦痛だった。出席したくない、どんよりした気分だったが、こんな事で単位を落とすのも馬鹿らしい。それまで真面目ではなかったにも拘らず、猛然と反骨精神が湧き上がり、覚悟を決めて後期の授業は真面目に出た。
もちろん代返など頼める筈が無いので。
そうして、視線が合うと、にっこりと、微笑返しをする事にした。少し嬉しそうな反応があったのは気のせいだろうか。

他の先生方の、意味ありげなにこやかさも理由がわかったので、流す事が出来た。
かくして、我慢をする、と言う最大の勉強をした私はAの評価で無事に単位を得た。
周りでは厳しい評価をされた、という声ばかりだったが。
そのAの評価が、私の学力か、N先生の優しさなのか、わからない。多分、先生の優しさだったのだと思う。今になって。
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by mamaten | 2008-02-10 00:18 | 今更言えない事 | Trackback | Comments(2)
2007年 11月 14日
ほおずき
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今日映した‘ほおずき‘です。
この状態のほおずきが好きで、毎年、楽しみにしています。

ほおずきは、特別好きなわけじゃないけれど、少なからず劣等感が甦る、そんな植物です。

小学生の頃、我が家には、ほおずきが有りませんでした。母の実家や友達の家に遊びに行くと、ほおずきがあって、羨ましいものでした。
何が羨ましいかって言うと、家にあれば練習して、草笛みたいにピーピーと、鳴らせることが出来ると思ったからです。

遠い記憶になるけれど、遊びに行った友達の家で、友人たちは、器用に赤く色付いた中の実をやさしく揉み解し、破れない様に中身を出して、口に入れ、綺麗な音を出すのです。始めて見たときは驚いた。  何で~・・・?と同じように真似してみても、到底同じには出来ない。

ウチにもほおずきがあったら、練習できたのに・・・、と言う思いに駆られ、ず~と悔しい思いを持ってました。皆が出来ることが出来ないなんて、幼心にも傷ついたのです。たとえ、昔のなんでもない遊びとは言え・・・・。

もちろん今も出来ません。でも、庭いじりをするようになって、すぐに、ほおずきの鉢植えを買い、植えました。説明書には「日当たりのよいところに」と書いてあったので、そういう場所に植えたのですが、・・・・次の年にはなくなってしまいました。

そして、1,2年、忘れた頃に、見たことある葉っぱを見つけました。それは、紛れも無くほおずきでした。それも、植えた場所から、程遠く、大きな木の影に、薄陽が射す程度の日陰に・・・。

「・・・!!!」です。
ほおずきは地下茎で増えるとは聞いていましたが、よりによってこんな日陰!     しばし考えたのですが、ほおずきはほおずき自身で、自分が生きていくべき場所を探して、時期を待って自分でこの世に新たな人生を始めるべく、芽を出した、・・そういう事なんだろうな。

あれから、私の手入れが悪いせいもあって、増え方は鈍いけど、確実に毎年、株を増やしてます。
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by mamaten | 2007-11-14 01:05 | 過去を引きずる記憶 | Trackback | Comments(5)
2007年 09月 29日
このごろ・・・
この頃、良く思い出すことがある。



「いつまでも美しいままの君でいて欲しい・・・。」



どんな気持ちを込めて、君は言ったのか。

遠くに転勤が決まって、旅立つ前、君は言った。

問い返せず、付いていく、とも言わず、意味を問うわけでもなく、ただジッとその言葉を見つめていた。

「待っていて」  「忘れて欲しい・・・」  「このまま・・・」・・・意味は何?

「I  hope you ,you it the state of beautiful and to exist!]

・・・そう君が書いた、紙ナプキン。


「・・・・・・わかってる・・頑張る・・・・。元気でいて。帰ったら電話して・・。」


そうして君は旅立った。

************************************



あれからあの答えをずっと探してる。罪な人だ。


どこかで偶然出会った時、自身を持って声を掛けられるように、いたい.。

だらけてしまう自分を、いつも叱る。「I hope you 、・・・・・」

時を越えて、私を支えている。そして、叱る。

私は果して、美しい人でいるのだろうか?

いつも自分に問いかける。
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by mamaten | 2007-09-29 01:20 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(4)