カテゴリ:夜のしじまに・・・。( 19 )

2012年 08月 15日
はづき 八月 露草の
青が 照り返しの中に 一日花の冴えを見せて

はかなげに 命を閉じる夕暮れ時

あすは 送り火の日だと 気が付く


蒸し暑さの中に ふっと心地よい風が吹いたような不思議な感覚


木陰でまだ咲く露草の  葉陰に魂が見えたような気がした

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盂蘭盆も15日。
明日は京都五山の送り火ですね。
まとわりつくような湿った暑い空気を思い出しながら、それでもどこか吹っ切れたような
穏やかな気持ちにさせる左大文字の麓を思い出します。

すべての御霊が安らかでありますように。
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by mamaten | 2012-08-15 23:54 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(2)
2012年 08月 06日
たとえば・・・・の話
たとえば、四角がきっちり四角じゃなくたって平行四辺形だって菱形だって角が4つあれば、
四角でいいじゃない。

たとえば丸がコンパスで描いた丸でなくたって、楕円でもなんでも
角がなければいいじゃない。

たとえば、こう、と言われている概念が たまには違ってもいいじゃない。

たとえば、常識、と言われる慣習が少しづつ変わっていくように
四角四面に考えなくたっていいじゃない。

可能性は無限大なのだ。


もはや、お勉強の時代をはるかに過ぎ、自己流に時代を切り開きつつ
生きていかねばならなくなった時、
定義と解釈は自己流を貫いている。

良いか悪いかはさておき、自由な解釈があったっていい。

もはやそんな開き直ったお年頃なのだ。




大げさに書いたけど

夕飯時、頂きものの豚肉の味噌漬けを普通に焼いて調理した。
味噌漬けなので焦げ付きやすい。
いっそ、とんかつにして揚げてみよう、と言ったら

なんでそんなこと考えるかな~。想像して微妙なものは作らないでよ。

と言われ、

無い話じゃないのに・・と反論せずに、黙って聞いた。
それだけのことです。
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by mamaten | 2012-08-06 01:02 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(6)
2012年 07月 28日
sailing ~by rod stewart
今聞きたい歌:
sailing ~ rod stewart(セイリング:ロッド スチュワート)



ライブの画像もいいけれど、原音のままのこちらが好き。


名曲ですね。   時代を超え、実感しています。

追記:こちらは訳詩付。これもいい。

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by mamaten | 2012-07-28 13:54 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(10)
2011年 08月 13日
八月  に・・・
もう盂蘭盆。今頃になって八月を思うこの頃です。

昔、高校生だった頃、こんな歌がありました。
「八月 葉月の虫の音は 愛しゅてならぬと鳴きまする
かあさま倒れた台所 今じゃ私が おさんどん
・・・・・・・・・」

歌い手:佐藤公彦 (ケメ)
曲名 :「通りゃんせ 」

作詞 門谷憲二
作曲 佐藤公彦

*******
五月雨 五月よ来るがよい 実らぬ恋もあるがよい
私の縫ったちゃんちゃんこ 着る方も無く 衣替え

八月 葉月の虫の音は 愛しゅてならぬと鳴きまする
かあさま倒れた台所 今じゃ私が おさんどん

神無し 十月来るがよい 私も師走にゃ雪化粧
一人座って窓開けりゃ いつかは情けも 通りゃんせ

   通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細道じゃ

五月雨 五月よ来るもよし 実らぬ恋もあるもよし
憎い 八卦見言いおった 30過ぎまで嫁がずと...

****** 1972年(昭和47年)
私の年もばれると言うもの、それはさておき、毎年8月になるとこの歌が
頭をよぎります。
今年は尚一層がんがん響くように頭の仲で渦巻いて一挙にタイムスリップしたかのように
口ずさんでいたりします。

今年は色々ありました。まだ途中だけど、ありすぎました。
若くして逝った人、晩年を寂しく逝った人、忘れられたように逝った人・・・・。
いろいろな在り方で逝った人たちの思い出が蘇ります。

私に何が出来たんだろう。。。。この先 何が出来るんだろう。
今度お逢いできる時、私は何を伝えるんだろうか・・・・・。
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by mamaten | 2011-08-13 00:29 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(8)
2009年 06月 18日
季節の便り

先日,もう何日も経っているけど 、北海道に住む友人から届いた季節の便り
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毎年、途切れる事無く届けられる季節の便りは私の大好きな季節の便り。

彼女とは小学校6年生の時に文通を始めた。その後、心の中を隠す事無く綴りながら、彼女が東京に上京した18歳の時からアパートを訪ね、私の東京時代も、彼女は特別な存在で、まるで姉妹のように分かち合い、私が結婚するまで心の内を通わせた人だった。

普通、結婚前夜は家族と一緒で、両親に挨拶を、などと言うのが世間の常識なんだろうけど、私は結婚前夜、
はるばる北海道から駆けつけてくれた彼女と一緒にホテルに泊り、語り明かした。
両親もそれが良い、と気持ちよく送り出してくれた。それ程彼女は我が家の中で、私の中で大きい存在だと誰もが認めていた。
なのに、彼女が結婚する時、私は婚家の理解も無く、身重であった為に彼女の花嫁姿を見ることが出来なかった。今も後悔が残るけれど。
あれからいくつもの時を過ぎてきたけど、今でも新鮮なまま、気持ちが広がる

今では 手紙を書くことも無くなり 年賀状の短い添え書きさえ
省略してしまう私だけど 

いつも短い一言を書き添えるあなたは  暖かいです

昔のままのあなたです

昔と変わらず優しい気持ちのまま  北の大地で頑張っているのだろう

折々に届く季節の便りを たとえようも無くありがたく頂いた

いつか必ず会いに行きます。待っていてね。
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by mamaten | 2009-06-18 01:06 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(8)
2009年 01月 01日
新年おめでとうございます
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2009年となりました。皆様、明けましておめでとうございます。
暮のうちに御礼の記事を書こうと思っていましたが、雑用に追いかけられ、とうとう書けずに年が明けてしまいました。
暮向きは、主婦にとってはどんなに手抜きしても何かと用事が多い処へ、帰省した子供達がそれぞれに行動すると、PCに向かうのはようやく今頃。今夜も眠いです・・・
しかし、子供達にとっては至福の時らしいです。いつまでも話が尽きることなく、話し込んでおります。私は朝が早いので、先に休む事にしましょう。

さて、話がそれてしまいましたが、寄り道、迷い道、戻り道、立ち止まり、の徒然にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。なかなか書き込み出来ませんで失礼続きでしたが、ご訪問して、楽しく読ませていただきました。

今年も相も変わらず、同じ様な事になると思いますが、御気が向きましたら、どうぞお立ち寄りくださいませ。
暮れに見た太平洋の如く、穏やかにこの1年を過したいものです。
皆様もどうぞ、よいお年になりますようにお祈りいたします。

mamaten
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by mamaten | 2009-01-01 01:58 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback(1) | Comments(22)
2008年 08月 16日
送り火の夜に
今夜は京都五山の送り火の夜。
TVのニュースで、毎年のように聞きながら、再びこの目であの場所に立ち、見送る事が出来る日が来るのだろうか、としばし考える。
私が仕事を辞めたら、そんな時間も作れそうだけど、いつになるやらわからないし、果して実現するかどうかも怪しい。

盂蘭盆の夜、提灯の明かりを見ながら、いつもは思い出すことも無い昔の事など思い出し、走馬灯、とは良く言ったものだ、などと一人心の中で納得したりする。

先祖の供養、故人への追想は当たり前だけど、心の中に潜む、自分自身への問いかけこそがこの静かな時間に必要なのだと、思ったりする。

送り火の夜は、テレビを見ながら、外せないニュースの一こまを大画面にして写し撮ってしまいたくなる私がいる。
が、今年は珍しく家族が揃ったので食事に出かけ、ニュースを見逃した。それにオリンピック関係ばかりで気が付くと深夜。

ネットで探し、今年の様子を見ることが出来た。
大文字
昔は銀閣寺道で見たんだったなぁ。

15日の夜に提灯を写す。
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それにしても、作り物とは言え、灯りの何と暖かい事。

こうして今年も盂蘭盆が過ぎた。
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by mamaten | 2008-08-16 23:54 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback(1) | Comments(8)
2008年 05月 10日
いただいた人生・・
昔、書道の学校に通っていた頃、親しくなった人がいた。
その人は当時私より30歳上の、品の良いご婦人だった。どういうご縁で親しくなったか、覚えていないが、何となく気が合い、空き時間にお茶を飲んだり、食事をした。彼女は、地方から週に1,2回、上京して通っていた。
母親よりも年長の彼女を、けれど、年上だと意識もせず、一緒にいることは楽しかった。それはきっと共通の目標があったからかもしれない。

何回目の時だったか、彼女は自分のことを話し始めた。そして言った。
「いただいてきた人生ですから・・・。」

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by mamaten | 2008-05-10 00:14 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(8)
2008年 04月 27日
Keith Jarrett
昔 ,若い頃、姉のレコードを借りて聞いたことがあった。
その頃の私は、ジャズは殆ど ビル エバンスが多くて、彼のピアノを聴いたときは
正直言って、嫌悪感を抱いた。
研ぎ澄まされたような音の捉え方、一つ一つが鮮明で、まるで突き刺してくるような鍵盤の響きが私には辛かった。その頃の精神状態が恐らくそう感じさせたのかもしれない。
それで、アルバムの1,2枚を聞いただけで、それ以上に聴こうとはしなかった。

時を経て、つい最近、実はずっと心に引っかかっていた彼のピアノを聴いてみようと思い始めていた。
選んだのは「ケルンコンサート」

それはまさに、今の私の心を摑んで放さない一枚となった。
何故、あの頃、聞く事を止めたのか。後悔さえも感じて、毎日、このCDを聴いている。
たぶん、音楽には、受け入れられる状況と言う物があって、その当時は耳障りに聞こえても、時が経てば、状況は変わり、受け入れられる気持ちも持てたという事なのだろう。

振り返ってみれば、それは確実に過去から少しづつ距離を置いてきていることに他ならない。
私は今、自分の意思で、彼の音楽を聴いている。それまでそうだったように、そう思っていたことが、実は誰かの影響でそう思えていた、という事実も承知しながら。
敢えて、自らを試すように、聴こうと思っている。
自分のためにも、可能性を期待しつつ。私は私で居る事を選んだのだから。

それにしても、聴きたい音楽、聴いてみたい音楽、幅が広くて(ヒップホップだけはどうしても聴こうと思わないけど)、毎日が暇になったら、(毎日サンデー、と言うらしいです、はい。)1日中聴いても、時間が無いかもしれない。そうしているうちに、あの世からお呼びが来てしまうかもしれない。そうなった時は、既に先に逝っている音楽家の皆さんに直に聞かせていただくことにしましょう。

あれこれ思いを巡らしながら、今夜も心地よく心をかき乱す、彼のピアノを聴いています。
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by mamaten | 2008-04-27 00:29 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(13)
2008年 04月 15日
山桜

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その山桜は、昔の面影を残す掘割に遠慮がちに枝を伸ばして咲いていた。

見慣れた景色ではあったが、ついぞ、近くで見たことは無かった。
染井吉野のあでやかな桜とは比べては申し訳ないほど堂々と、それでいて密やかに花を開くこの山桜を今年は見に行きたいと思った。

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by mamaten | 2008-04-15 00:39 | 夜のしじまに・・・。 | Trackback | Comments(8)